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by bunba2002

息子のこと②

結局、原因のわからないまま、息子の熱は下がり、1週間後に退院になりました。
3週間、一度も病院から出なかった私は、外の世界が始めて出る世界のようで
しかも季節が変わってしまっていて、浦島太郎のようでした。
そのときは、私の体調があまりよくなく(産後の肥立ちが悪く、息子と同じ病院で
手術(簡単なものですが)したりしていました)、風邪で咳もとまらない状態。熱もあったり
乳腺炎だったり、ぼろぼろの状態でしたが、自分に何かつらいことがある分、息子には
つらいことが起こらないんじゃないか、と思い込み、まったく苦にならない状態でした。
実家に戻ったら、新しいストーブを買ってくれてあり、部屋も赤ちゃんが過ごすように
何もかも、赤ちゃんのために、用意してくれていました。
久しぶりに人と一緒に食べる食事、ゆっくり入れるシャワー、お布団(入院中は子供の
ベッドに添い寝だった)。そして何より娘と一緒にいられること。
入院前には当たり前だったことが、ひとつひとつ、ほんとうに嬉しい嬉しいことでした。
でも、なかなか気持ちは落ち着かず。
一日に10回近く、息子の熱をはかり、私の風邪をうつしてはいけないと、マスクをしたまま
生活し(もちろん眠っているときも。父も母も、息子と一緒の部屋にいるときはマスクを
して生活してくれていました)。娘が咳をしたら、息子にうつるんじゃないかと、心配で心配で
娘は弟に近づかせてもらえない生活でした。今思うと、少し行き過ぎていたのかも
しれませんが、そのときはそれが精一杯でした。退院間近の発熱で「重い病気の可能性」
を話されていたので、「次に熱を出したらおしまい」という気持ちでした・・。
退院後は、聴力の検査に行き(髄膜炎の後遺症で一番多いのは難聴)、眠る薬を飲ませて
耳に大きなイヤホンを当て検査。その姿を見てはまた泣いてしまったりしながらも
ほんとうに日々必死に生きてました。
今から考えると異常なのですが、息子の世話と娘の相手以外、何一つできずに
過ごしてました。部屋の掃除ができるようになったのも、2、3週間後でした。
退院から1ヵ月後に検診があり、そのときに先生から「ウィルスが特定できました」
「ウィルスが見つかったので、退院時に心配した重い病気の可能性はなくなりましたよ」
と言ってもらいひとつ気が楽になりました。ただ「新生児のウィルス性髄膜炎は後遺症が
残る可能性がないわけではないので、1歳近くなって、歩けるようになり、言葉が出るまで
安心できない」旨のことを言われました。
私の性格上、細かいことも何もかも心配で、それからの日々も大変なものでした・・。

またつづきます。読んでくださった方、長々と下手な文章でごめんなさい。ありがとう。
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by bunba2002 | 2006-10-27 02:42 | こども