こんにちは。毎日の生活を書きたいように書いてます♪<ロゴby.chatonさん>


by bunba2002

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急性胃腸炎蔓延

娘、息子、パパの順にうつりました。
全員食欲なし。
と思ったら、また娘が吐いてしまいました・・。
心配心配です。
私が倒れるわけにはいかないから、がんばらなくちゃ!
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by bunba2002 | 2006-10-29 15:45 | こども

息子のこと③

実家ではその後、熱を出すこともなく元気に過ごせたのですが・・・。
父も母もちょっと触れるとパリンと割れそうな私を気遣って一緒に悩み話して
過ごしてくれました。ほんとうに大変な苦労をかけました。
お正月にパパが迎えに来て、やっと自分たちの家に戻ってきました。
道中も、インフルエンザにかかったら・・と心配で、全員マスクをして飛行機に。
自分の家での生活が始まりました。
家について、部屋を暖めて、初めて家の床に息子を寝かせたとき「にこっ」と
笑ってくれたのを今でも覚えています。「ああ、やっていけるのかもしれないな」と
そのとき思いました。
精神的に追い詰められていた私は、娘も息子も絶対に外に出さず、私も外出を
まったくせずにインフルエンザの終わる季節まで過ごすことに決めました。
普通の人から見れば異常だと思うのですが、もう絶対に病気をもらいたくない一心
でした。娘も、パパも、大変だったと思います。私も、誰にも会わず、家から出ない
状態にどんどん追い詰められていきました。
その頃、息子が寝付くときや寝ているときに、びっくりしたように手を上げる動作が
目に付き始めました。かかりつけの先生に、ビデオを持参してみてもらったところ
「普通の動作ですよ。心配ありません」とのこと。ほっとしたのもつかの間、その動作が
増え、精神的に追い詰められていた私は気になって夜も眠れず、ずっと息子が寝ている
様子を眺めては、心配で回数を数えたり、昼も夜もそのことばかり考えて過ごしました。
その状態だったので、先生が「あまりに心配なら、脳波をとってみましょうか」とのこと。
私もぜひ、とお願いしました。
脳波の結果、悪い病気の心配はないが、左右で少し差があるので、半年後にまた
再検査、となりました。またまた私の心配のタネが増えてしまい、ほんとうに
何も考えられなくなりそうになりました。
それが3月末のできごとで、インフルエンザの季節もそろそろ終わり。パパも母も妹も
私の精神が崩壊する前に、外へ出たほうがいい、と薦めてくれました。
私もほんとうにダメになりそうだったので、ほんとうに久しぶりに娘のお友達とその
お母さんと一緒に遊びました。人に会って話を聞いてもらったり、世間話をするのって
ほんとに大事なことなんですね。ずっと仲良くしてもらっているママ友達に感謝です。
脳波の話や入院した話、お友達や母、妹、もちろんパパに聞いてもらううちに
自分の精神状態が少しずつ回復していきました。夜も眠れるようになったし、
息子がすくすくと成長している、という事実を信じられるようになりました。
その後は、娘が幼稚園に行って、ご近所の方々と話をする機会も増えたり、
幼稚園のお友達と遊んだり、午前中はママ友達とお茶を飲んだり、のんびりお話したり
普通の生活が戻ってきました。
8月末に、脳波の再検査があり、検査+結果がわかるまでまた落ち着かない日々が
ありましたが、検査結果は異常なし、再検査の必要なし、ということで
1年ぶりに心の底からほっとすることができました。
最近では、息子も歩くようになり、「どーだん(おとうさん?)」「あんぱん(あんぱんまん)」や
「だいだーい(ばいばい)」と言葉らしきものも増え、私も精神的に落ち着いて
やっと普通の家族の生活になってきた気がします。
息子と娘がニコニコ遊んでいる様子を見るとそれだけで嬉しくて涙が出てきます。

1歳になったときの日記にも書いたけれど、
今こうやって笑って過ごせることを絶対に当たり前だと思わずに、感謝の気持ちを
ずっと持っていたいです。そして、今は難しいけれど、何か人に役にたつことを
小さくても良いからしていきたいと思っています。

長くなった上に、思い出したまま書いてしまったので大変読みにくいですが
読んでくださってありがとうございました。
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by bunba2002 | 2006-10-27 03:04 | こども

息子のこと②

結局、原因のわからないまま、息子の熱は下がり、1週間後に退院になりました。
3週間、一度も病院から出なかった私は、外の世界が始めて出る世界のようで
しかも季節が変わってしまっていて、浦島太郎のようでした。
そのときは、私の体調があまりよくなく(産後の肥立ちが悪く、息子と同じ病院で
手術(簡単なものですが)したりしていました)、風邪で咳もとまらない状態。熱もあったり
乳腺炎だったり、ぼろぼろの状態でしたが、自分に何かつらいことがある分、息子には
つらいことが起こらないんじゃないか、と思い込み、まったく苦にならない状態でした。
実家に戻ったら、新しいストーブを買ってくれてあり、部屋も赤ちゃんが過ごすように
何もかも、赤ちゃんのために、用意してくれていました。
久しぶりに人と一緒に食べる食事、ゆっくり入れるシャワー、お布団(入院中は子供の
ベッドに添い寝だった)。そして何より娘と一緒にいられること。
入院前には当たり前だったことが、ひとつひとつ、ほんとうに嬉しい嬉しいことでした。
でも、なかなか気持ちは落ち着かず。
一日に10回近く、息子の熱をはかり、私の風邪をうつしてはいけないと、マスクをしたまま
生活し(もちろん眠っているときも。父も母も、息子と一緒の部屋にいるときはマスクを
して生活してくれていました)。娘が咳をしたら、息子にうつるんじゃないかと、心配で心配で
娘は弟に近づかせてもらえない生活でした。今思うと、少し行き過ぎていたのかも
しれませんが、そのときはそれが精一杯でした。退院間近の発熱で「重い病気の可能性」
を話されていたので、「次に熱を出したらおしまい」という気持ちでした・・。
退院後は、聴力の検査に行き(髄膜炎の後遺症で一番多いのは難聴)、眠る薬を飲ませて
耳に大きなイヤホンを当て検査。その姿を見てはまた泣いてしまったりしながらも
ほんとうに日々必死に生きてました。
今から考えると異常なのですが、息子の世話と娘の相手以外、何一つできずに
過ごしてました。部屋の掃除ができるようになったのも、2、3週間後でした。
退院から1ヵ月後に検診があり、そのときに先生から「ウィルスが特定できました」
「ウィルスが見つかったので、退院時に心配した重い病気の可能性はなくなりましたよ」
と言ってもらいひとつ気が楽になりました。ただ「新生児のウィルス性髄膜炎は後遺症が
残る可能性がないわけではないので、1歳近くなって、歩けるようになり、言葉が出るまで
安心できない」旨のことを言われました。
私の性格上、細かいことも何もかも心配で、それからの日々も大変なものでした・・。

またつづきます。読んでくださった方、長々と下手な文章でごめんなさい。ありがとう。
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by bunba2002 | 2006-10-27 02:42 | こども

息子のこと①

自分のホームページやこのブログなどで、息子が生まれてすぐ入院したことを
書いたりしていたけど、詳しいことを何も書いていなかったので、いろんな方々に
すごく心配をかけちゃいました。ごめんなさい。
考えてみれば、「入院した」とか「自分にとってすごくつらいことがあった」とか
ほんの少しのことだけ書いてしまっていたので、みんな「何があったんだろう」と
すごく心配してくれたみたいです・・申し訳ないです。
息子もやっと1歳を過ぎ、すくすくと育ってくれている今、ようやく自分の気持ちも
少し落ち着いて、書けるようになった気がするので、書いてみようと思います。

息子が入院したのは、生後7日目。お七夜のお祝いが終わった次の日でした。
熱があったので、夕方、実家のところでは一番大きな病院へ。
心配しながらも「風邪だろう」と思っていたら、小児科の先生がすごく深刻そうな顔で
「赤ちゃんのお父さんは近くにいませんか?」とのこと・・。さらに「普通、新生児は
高い熱を出すことはないんです」と説明。詳しくは検査しないとわからないけれど、
と渡された紙には「尿路感染、髄膜炎、敗血症」の疑いと書いてありました。その下のほうに
小さな字で「その他感染症、風邪など」と。聞いたこともない病気まで含まれている紙を
何度も読みながら、かけつけてくれた父と一緒に結果を待っていました。
妹に預けていた娘の様子を見てからまた来てくれた母と一緒に結果を聞いたのは
もう夜11時近く。先生の言葉は私にとっては信じられないものでした。
「血液検査の結果は悪くないです。ただ、髄液の数値があがっているので、髄膜炎でしょう」
髄膜が脳のまわりの膜だということだけは知っていたので、大変な病気だということは
わかりました。でも、そのあと先生の書いてくれた説明書の文字を拾い読みして、
思わず大声をあげてしまいました。「死亡率1割、後遺症率3~4割」という文字です。
それを見て、パニックになってしまった私に先生は「落ち着いて話を聞いてください」と
強い口調で言いました。今思うと、取り乱しても状況は変わらないのに、やっぱりこうして
今思い出して書いていても手が震える気持ちです。ただ、先生が言うには
「死亡率、後遺症率は、細菌性髄膜炎の場合です。いろいろな数値から見ると、
ウィルス性の髄膜炎の可能性のほうが高いです。が、新生児ということから、
細菌性の髄膜炎という可能性もあるので、お薬の投与を開始します」とのこと。
髄膜炎には2種類あって、「細菌性」と「ウィルス性」では、天と地の差なのです(あとから
知ったことですが)。先生の説明の直後から、細菌性だった場合を考えての抗生剤の
注射がはじまりました。ウィルスの場合ではヘルペスウィルスが怖いので、抗ヘルペス剤も
投与しました。抗生剤が1日4回、抗ヘルペス剤が1日3回。結論から書くと、息子は
「ウィルス性」の髄膜炎だったのですが、それがはっきりとわかる10日後くらいまで毎日
夜中も通して治療が続きました。
最初は「重症患者」の札がかかった部屋で、足の指には心拍をチェックする装置をつけて、
手には点滴(はずさないように、ぐるぐる巻きにされてる)。そんな姿を見ては泣いてばかり
いました。ほんとに一生分の涙を流したんじゃないかと思うくらい泣きました。どうしてこんな
ことになっちゃったんだろう。夢なんじゃないのかな、と。食欲はなかったけれど、おっぱいを
飲ませるためには絶対に食べなくちゃダメだと言われ、機械的にどんどん食べました。
(付き添いの人に食事は出なかったので、母と妹がお弁当をいつも作ってくれました。)
パパも次の日には飛行機に乗ってかけつけて励ましてくれました(10日間も連続して
休ませてくれた会社の上司にほんとうに感謝です。)。
心臓の筋肉にウィルスが飛んで心筋炎になる可能性もあると言われ、エコーを撮ったり
心電図をとったりしながらも、日々回復していく息子を見て、「命は助かるんじゃないか」
「元気に退院できる日が来るんじゃないか」と、悲観的になっていた私にも少し光が
見えてきました。そして、細菌培養の結果、細菌はいなかったことがわかり、髄膜炎の中でも
軽いほうの「ウィルス性髄膜炎」だということが確定しました。そうなると、点滴もはずれ、
お風呂も入れるようになり、ほんとに少しずつですが、笑ったりできるように(私が)なって
いきました。
退院も間近の朝、信じられないことにまた熱が出てしまいました・・。私が風邪気味だったこと
もあり、風邪だろうとは思ったのですが、今度はぐったりしてほとんど起きている時間が
なくなりました。もちろん退院どころではなく・・先生も「ただの風邪だとは思いますが
まれに髄膜炎を繰り返すような重い病気があります」とのこと。光が差し始めていた私の心は
また重く重くなってしまいました。これも今思うと普通の風邪だったようですが、当時の私には
ほんとうに重大なできごとでした。

*長くなってきたのでいったん切ります。
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by bunba2002 | 2006-10-27 02:25 | こども

急性胃腸炎

何度もやってる、嘔吐下痢症(急性胃腸炎)。
娘がかかりました。音楽教室から帰ってきて、お昼寝して起きたら
「おなかが痛い」
寝冷えかなあ、と思いつつ、お布団をかけてソファで休ませて。
「そういえば、るかがおなか痛いって言ったあと必ず吐くよなあ」と突然
思い出し、袋を用意しに行ってる間に・・。そのあと、何度も何度も・・
あまりに吐くので何度も嘔吐下痢症を見てる私もさすがに心配になり
ナウゼリン(吐き気止めの座薬)もちょうどなかったので夜間救急へ。
幸い、近くの評判の良い小児科の先生が診てくれて、座薬ももらい
ほっと一安心・・と思ったら、午後11時になっても全然よくならない。
眠くなって寝付きそうになると必ず気持ち悪くなるみたいで、何度も何度も
胃液まで(汚くてごめんなさい)吐いてもまだラクにならない・・。
あまりにひどい様子なので、また先生に電話。もう一度診てもらって
紹介状を持って、救急当番医へ。そこで、点滴を受けてきました。
家に着いたのは午前3時過ぎ。でも、ぐっすり眠る娘を見ていたら、疲れよりも
ほっと安心の気持ちでした。
私の住んでいる市は、365日、夜中0時までは小児科医が夜間救急室にいてくれる
ので、とっても心強い。しかも、当番の大きな病院もちゃんとあって、昨日も
小児科医が出てきてくれていたし。小児科は特殊なので、ほかの科の先生が診ても
わからないことが多いらしい。先生はほんとに大変だと思うけど、ほんとうにありがたいです。
私も高校3年のときまで医者になろうと思っていたけれど(性格的に無理だと
両親や親戚に反対されてやめちゃった・・指導してくれてた先生には、医学部に
行けとずいぶん怒られたなあ・・学校の評価が上がるからかな・・(笑))
もうちょっと精神的に強かったら、絶対に医者になって小児科医になりたかった。
娘・息子には私になかった強さを持ってもらいたいな。
話がずれちゃったけど・・・夜中に帰ってきて、お洗濯をして、ちょっとだけ食べ物を食べて
(娘が絶食してるので、私だけ食べるわけにいかないので、抜いてたぶん)
それから寝たので、とっても眠いです・・。まだ体調悪そうな娘と、元気いっぱいのムスコ。
あと数日はまだまだ戦いです。息子にうつってこないといいなあ。

息子が入院したときにも、ほんとに心から思ったのですが、お医者様、ほんとにありがとう。
病気をしたときに、先生がどんなに大きく見えるか・・。ほんとに感謝感謝です。
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by bunba2002 | 2006-10-26 14:39 | こども

のだめカンタービレ

この漫画、始まったときからずーっと読んでたのですが
どんどん好きになってきました。
最初は、なんだか変なのが始まったくらいにしか思ってなかったのですが
(「ぎゃぼー」とか変な擬態語ばっかりだったし)
のだめ、かわいいし。
音楽のことはあまり詳しくないのですが
それでも読んでておもしろい。のだめの服、かわいい。
今回ドラマ化されてますが、今のところ、おもしろそうです。
のだめ役の上野樹里(?)ちゃん、かわいいです。
原作が好きな漫画のドラマ化って正直戸惑うことが多いけど・・。
今回はおもしろいといいなー。

夫がゲームを一時終了したらしく、テレビで24の5を見始めたので
パソコン使い放題です。その分縫い物が遅れがちですが・・(笑)。
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by bunba2002 | 2006-10-24 00:24 | 読書

遠足のリュック

来週は秋の遠足。
親は行かないのでちょっと寂しいんだけど・・
おにぎりと水筒だけ持ってちょっと遠い公園へ行くそうです。
リュックに全部入れて。
だいぶ前に作った、斜めがけのリュックはあるんだけど
斜めがけだと自分で背負ったりするのが大変かなあ、と思って
もう一個作りました。
サンリオショップとかいろいろ見たんだけど、なかなか気に入ったのも
なかったし・・・と思ったらお友達はかわいいの見つけてたり。
私の探し方が悪いのかしら。
とにかく作ったので、それで行かせます(笑)。
写真、ものすごーくいびつにうつってますが、そこらへんにあった三国志を
入れて撮ったからです(泣)。
実際はあんなにいびつではないです。多少ゆがんでますが(笑)。
風船とお花だけ刺繍してみました。刺繍の難しさが身にしみました。練習あるのみです。

*パターン:オークションをアレンジ
  布:slowboatさんのミシェル姉+どこかで買った安いチェック
  アップリケ:家(丘の上のアップリケやさん)、うさぎ(Chimoさん)
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by bunba2002 | 2006-10-21 22:15 | ハンドメイド

蒼天航路

久々に読書カテゴリです。
読書・・最近漫画ばっかりだなあ。時間がないので
ついつい(笑)。

蒼天航路も、夫が大人買いした漫画のひとつで
三国志時代の、曹操孟徳を主人公とした漫画。
三国志といえば、昔に読んだ横山光輝の「三国志全60巻」。
あれはなんとなく劉備玄徳が主人公というか、良い人というか
そういう感じで書かれてたので、私もすっかり、「劉備、孔明ファン」でした。
でも、この本を読んで(まあ、この本も偏っているといえば偏ってるんだけど)
すっかり曹操のファンに。
やっぱり何かを成す人物というのは、生き方もすごいんだな。
結構長いのですが、だーっと読めちゃう本でした。
この中の劉備はめちゃめちゃすぎだったけど(笑)。

夫はこのあと、三国志にどっぷりはまり、横山光輝の三国志、項羽と劉邦
水滸伝なども買い集め、夜な夜なパソコンの三国志ゲームをやってます。
朝起きてくると、「昨日の三国志(ゲーム)の様子」を語ってくれます・・・。
呂布を降伏させて仲間にしたら、やっぱり裏切られたらしいです。当たり前だなあ。
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by bunba2002 | 2006-10-19 00:36 | 読書

息子の帽子

気にいって2mも買った綿麻で、息子の帽子を。
パンツやジャケットを作ろうと思って買ったのですが
ちょっと1歳の子に着せる生地ではなかったので。
(麻が入ってるんだから、当たり前か・・でも裏をつけてジャケット
という野望は捨ててないです(笑))

チューリップクロッシェという名がついていた帽子。
男の子でもオッケーの帽子ってなかなかなくて悩みました。
普通のチューリップじゃダメだし。キャップは難しそうだし・・。
次はテンガロンを作ります(笑)。キャップも挑戦したいな。

布:OutletFabrics(TIME CAPSULE)
型紙:メイの帽子d0091193_2365097.jpg
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by bunba2002 | 2006-10-13 23:07 | ハンドメイド
とうとう縫いました。
ご近所のお姉ちゃんが夏に来ていて、とってもかわいかったので
いつか絶対縫いたいと思っていてやっと!!
重ね着なので110cmで作ったらまたまた大きかったよ・・。がっかり。
次は100cmで作ります。
袖はゴムを直接縫い付けて縮めてるんだけど、
微妙にゴムが見えちゃったり・・・色のついたゴムを使えばいいのかな?

型紙:milimili パフスリーブワンピ110cm
布:slowboat 綿麻のブラックウォッチダブルガーゼ(?)
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by bunba2002 | 2006-10-07 10:33 | ハンドメイド